傾眠には背面開放座位と会話が有効
~エビデンスに基づく意識レベル改善の2つのアプローチ~
はじめに
日中なのにウトウト…。声をかけても、すぐにまた眠ってしまう。認知症の方によく見られるこの「傾眠傾向」は、単なる眠気ではなく、意識障害の一種です。傾眠状態が続くと、廃用症候群の進行や認知機能の低下、さらにはQOLの著しい低下を招きます。
今回は、複数の研究論文に基づき、傾眠への有効なアプローチとして「背面開放座位」と「会話」の2つの方法について解説します。
なぜ日中の傾眠が問題なのか
認知症、特にアルツハイマー病では、認知症の進行に伴う脳の器質障害によってサーカディアンリズム(体内時計)に変調をきたしやすくなります。その結果、日中に傾眠傾向となり、夜間に覚醒してしまう「昼夜逆転」が起こります。
傾眠・昼夜逆転がもたらす問題:
・夜間の不穏・徘徊・せん妄
・転倒・転落リスクの増加
・介護者の夜間対応による疲弊
・日中の活動機会の減少による廃用症候群
つまり、日中の傾眠を改善することは、夜間の問題行動を予防し、ご本人と介護者双方のQOL向上につながる重要な取り組みなのです。
アプローチ①背面開放座位
背面開放座位とは、「背もたれに寄りかからず、背筋を伸ばしてベッドや椅子の端に座り、両足の裏を床につけた姿勢」のことです。
ポイントは3つです。
- 背中を開放する(背もたれに寄りかからない)
- 首(頸部)を自力で保持する
- 両足を下ろし、足の裏を床にしっかりつける
この姿勢は、川嶋みどり氏や紙屋克子氏らによって1980年代後半から提唱されてきました。「大脳皮質の興奮に最も有利な姿勢である立位に近い座位」という考えに基づいています。
なぜ背面開放座位で覚醒度が上がるの?
研究によって、背面開放座位には以下のような生理学的効果があることが示されています。
自律神経系への影響
仰向けで寝ている状態と比べ、背面開放座位では交感神経活動が高まり、副交感神経活動が低下します。これは、身体が「活動モード」に切り替わることを意味します。
大脳機能への影響
脳波測定の研究では、背面開放座位をとると覚醒状態を示すβ波の含有率が上昇することが確認されています。これは脳が活性化し、意識レベルが向上していることを示します。
研究結果(エビデンス)
①意識レベルの改善
聖路加看護大学の大久保らは、慢性期脳血管障害患者32名に背面開放座位を実施し、その効果を検証しました。
- 約65%(21名)に意識レベルの改善を認めた
- 1回30分程度、週5~6回の実施が推奨される
- 導入後1ヶ月程度で改善の兆しが現れる
- 発症から導入までの期間が短いほど効果が高い
②脳活性化のメカニズム
- 大阪大学の徳重らは、脳波計測により座位姿勢が大脳を活性化させることを科学的に証明しました。
- 80度挙上座位は30度よりも脳全体の活性が有意に高い
- β帯域脳波の増加(活発な皮質活動の指標)を確認
- 姿勢変化直後が最も効果的
- 視覚情報の変化と重力刺激が上行性網様体賦活系を活性化
実施のポイント
- 時間:1回30分程度、1日1回以上
- 頻度:週5~6回を目安に継続
- 期間:最低1ヶ月は継続して効果を評価
- 角度:可能であれば80度に近い姿勢が効果的
- タイミング:姿勢変化直後に積極的な働きかけを
アプローチ②会話
なぜ会話が有効なのか
会話は単なるコミュニケーション手段ではなく、脳を活性化させる強力な刺激です。過去の記憶を呼び起こし、言語機能を使い、相手の話を理解するという一連のプロセスが、大脳の広範な領域を活性化させます。
研究結果(エビデンス)
フロリダ大学のTappenらは、アルツハイマー型認知症患者55名を対象に、週3回30分の会話介入を16週間実施しました。
- 会話のみのグループで情報伝達の質が10%向上
- 発話の簡潔さ(冗長性の減少)が69%改善
- 運動のみのグループは逆に約50%低下
会話の方法
傾眠ケアに有効な会話の方法として、リアリティ・オリエンテーション(RO)と実況中継(オートナラティブ)の2つがあります。
①リアリティ・オリエンテーション(RO)
リアリティ・オリエンテーション(RO)は、1966年に提唱された認知刺激法で、日常会話の中に見当識情報を自然に織り込む手法です。
「今がいつか」「ここがどこか」「目の前にいる人が誰か」「現在の状況」 などを意図的に伝えることで、見当識障害に伴う不安を軽減することができ、傾眠の改善に効果があります。
研究結果(エビデンス)
ブラジルのCamargoらは、アルツハイマー病患者14名に週1回のROセッションを6ヶ月間実施し、認知機能の改善を確認しました。
- CERAD神経心理検査スコアが有意に改善(p=0.037)
- MMSEスコアが統計的に有意に向上(p=0.039)
- 対照群は認知機能が低下したのに対し、RO群は維持・改善
②実況中継(オートナラティブ)
ユマニチュードの技法の一つで、ケアスタッフが行っている動作や、ケアを受ける人の状態をそのまま言葉にして伝える手法です。傾眠傾向にある方は、外部からの刺激を捉えにくくなっています。自分の体に何が起きているかを言葉で補うことで、触覚(触れられる)と聴覚(言葉)を一致させ、覚醒を促す効果があります。
脳の仕組み
ぼんやりしている時に無言で触れられると、脳は「不意打ち」と判断し、防衛本能から覚醒することを拒絶してしまいます。
①恐怖(扁桃体)を静める:
無言のケアは、脳の恐怖センサー「扁桃体」を刺激しパニックを引き起こします。先に言葉で伝えることで、次に起こることが予測可能になり、脳がリラックスします。
②知性(前頭葉)を動かす:
安心すると、脳の司令塔である「前頭葉」が活動を開始し、情報を処理しようと動き出します。
研究結果(エビデンス)
東京医療センターの本田らは、急性期病院に入院中の認知症患者3名に対し、従来のケアとユマニチュード(実況中継を含む)を比較しました。
- 従来ケアでは言語コミュニケーションがわずか7%だったのに対し、ユマニチュードでは54.8%に増加
- 患者の攻撃的行動は従来ケアで25~66%だったのが、ユマニチュードで0~3%に減少
- 視線を合わせる時間も6%→12.5%、触れる時間も0.1%→44.5%に増加
また、長期療養施設での調査では、寝たきりの認知症患者への言語コミュニケーションは1日わずか2分程度しかないことが報告されています。感覚遮断は認知症の進行を加速させるため、実況中継による聴覚刺激の維持が重要です。
会話の具体例
①ROで伝える4つの見当識情報と会話例
1.時間 【今日の日付、曜日、季節、時間帯など】
会話例
・おはようございます、今日もいいお天気ですね。
・今日は水曜日ですよ。
・外が暗くなってきましたね。今は夕方の4時ですよ。
2.場所 【現在いる場所、施設名、部屋の特徴など】
会話例
・窓の外、見てください。お日様が気持ちいいですね。
・出窓に花が飾ってますね。あの赤い花、きれいですね。
・ここは〇〇さんのお部屋ですよ。壁に〇〇さんが作った刺繍が飾ってありますね。
3.人物 【自分の名前、家族、スタッフの名前など】
会話例
・〇〇さん、おはようございます。夕方までお手伝いする介護士の△△です。
・〇〇さん、今日はお医者さんがきますよ。いつもの▽▽先生がいらっしゃいます。
・〇〇さん、こんばんは。夜勤に代わりますね。朝までお手伝いする介護士の□□です。
4.状況 【今何をしているか、次の予定など】
会話例
・〇〇さん、このあとはリハビリですよ。それまで休んでいましょう。
・血圧を測りますね。少し腕が締まる感じがしますよ。
・〇〇さん、そろそろ寝る時間ですよ。
ポイントは、「さりげなく情報を補う」こと。「今日は何曜日ですか?」と質問するのではなく、こちらから情報を提示することで、本人に負担をかけずに覚醒と見当識を促すことができます。
②実況中継の会話例
行動の実況:【今行っている動作や、状態など】
・○○さん今からお顔を拭きますね。温かいタオルですよ。
まず、おでこから拭いていきますね。
次はほっぺを拭きますね。○○さん、お肌がきれいですね。
・○○さん、車椅子に移りますよ。まず、ベッドの端に座ります。私が支えますからね。
はい、いいですよ。足を床につけてくださいね。
では、ゆっくり立ち上がりますよ。いち、に、さん。素晴らしい!しっかり立てていますね。
では、車いすに移りますね。はい、座りましょう。
背面開放座位+会話の組み合わせ
背面開放座位で脳が活性化した状態で会話(RO+実況中継)を行うことで、より高い効果が期待できます。
実施の流れ
- 実況中継で声かけし、背面開放座位を開始、姿勢が安定するまで見守る
- 姿勢が安定したら、環境について会話を始める。(「窓の外、いい天気ですね」など)
- 徐々に個人の興味や過去の経験に関連した話題へ広げる
- 見当識情報、実況中継を自然に織り込む
注意点
背面開放座位の注意点
- バイタルサインの安定を確認してから実施
- 起立性低血圧に注意(徐々に角度を上げる)
- 疲労のサインが見られたら無理せず終了する
- 転倒・転落防止の安全対策を徹底
会話の注意点
- 会話を強制せず、本人のペースを尊重する
- 「試す」ような質問(「これ何かわかりますか?」)は避ける
- 間違いを指摘・訂正せず、意図を汲み取る
- 十分な返答時間を確保する
- 子ども扱いしない
まとめ
傾眠に対するケアとして、背面開放座位と会話は科学的エビデンスに基づいた有効なアプローチです。
- 背面開放座位は姿勢変化により脳を物理的に活性化させる(80度で最も効果的)
- 会話は認知機能を刺激し、意識レベルとコミュニケーション能力を改善する
- ROは会話の中に見当識情報を自然に織り込む技法
- 実況中継はケア中の行動を言葉にし、聴覚刺激を与え続ける技法
- 両者の組み合わせでより高い効果が期待できる
日中の覚醒を維持することで夜間の睡眠が確保され、QOLの向上にもつながります。「寝かせきりにしない」「話しかける」という基本的なケアの重要性を、科学的根拠とともに再認識し、日々の実践に活かしていきましょう。
参考文献
- 大久保暢子ら. 慢性期意識障害患者の背面開放座位に関する適応基準の分析. 聖路加看護大学紀要34, 2008.
- 徳重あつ子ら. 脳波計測に基づく仰臥位から坐位への姿勢変化がもたらす脳活性についての研究. 生体医工学 47(1), 2009.
- 大久保暢子ら. 背面開放端座位ケアの導入により意識レベルが改善した事例. 聖路加看護学会誌 5(1), 2001.
- Tappen RM, et al. Conversation Intervention with Alzheimer's Patients: Increasing the Relevance of Communication. Clin Gerontol 24(3-4), 2002.
- Camargo CHF, et al. The Effectiveness of Reality Orientation in the Treatment of Alzheimer's Disease. Am J Alzheimers Dis Other Demen 30(5), 2015.
- Honda M, et al. Reduction of Behavioral Psychological Symptoms of Dementia by Multimodal Comprehensive Care for Vulnerable Geriatric Patients in an Acute Care Hospital: A Case Series. Case Rep Med, 2016.
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