舌の訓練で嚥下機能と睡眠の質が改善

・嚥下訓練を続けているのに、なかなか改善しない。
・夜間の睡眠の質が悪く、何度も目が覚めてしまう。
こうした悩みの原因は、舌の筋力低下にあるかもしれません。本記事では、従来の間接訓練の限界と、研究で効果が実証された舌のトレーニング方法を紹介します。

1.「廃用性嚥下障害」:使わないことで「飲み込む力」が低下する

まず知っておきたいのが、「廃用性嚥下障害」です。これは、脳卒中や喉の病気など「直接的な原因」がないにもかかわらず、「使わないこと」によって飲み込む力が衰えてしまう状態を指します。

①なぜ起こるのか
体幹や足の筋肉が、寝たきり生活で低下するのと同じ現象が「飲み込みに関わる筋肉(舌、喉、頬など)」にも起こります。
・過度の安静・寝たきり
病気や怪我で長く寝たままの状態が続き、全身の筋力が低下します。
・長期の絶食
経管栄養のみで、口から食べる機会がなくなること等で、飲み込みの筋肉が使われなくなります。
・認知症や意欲の低下
食べる意欲がなくなったり、食べ方を忘れたりして、咀嚼や嚥下の回数が激減することで進行します。

②主な症状
・食べ物が口の中にいつまでも残る(送り込みの低下)
・飲み込んだ後に喉に違和感(残留感)がある。
・お茶や汁物でむせやすくなる。
・食事に時間がかかるようになり、途中で疲れてしまう。

【症例:1か月半の嚥下訓練で効果が得られなかったケース】
八戸赤十字病院から報告された症例(2015年)では、40日間の欠食により廃用性嚥下障害を発症した患者に対し、約1か月半にわたりアイスマッサージ、空嚥下、口腔器官運動などの間接訓練を実施しましたが、思うような嚥下機能の改善は得られませんでした。嚥下造影検査(VF)では喉頭蓋浮腫、喉頭蓋反転障害、喉頭挙上障害が残存していました。

2.デバイス抵抗法で劇的改善

八戸赤十字病院では、嚥下関連筋の筋力増強のため、JMS社製の舌トレーニング用具「ペコぱんだ」を導入しました。

【訓練前の状態】
患者の舌圧:平均22 Kpa(同年齢群男性の平均43 Kpaに比べ著しく低下)

【訓練方法】

目的

使用サイズ

回数

秒数

筋力増強

Mサイズ(20 Kpa)

6回

3秒

筋持久力向上

MSサイズ(15 Kpa)

10回

3秒

1日3回、舌先端・舌中央・舌後方の3箇所に対してトレーニングを実施。

【結果:わずか7日間で】
舌圧が22Kpa → 31Kpaへ約10Kpa向上
ゼリー粥からペースト食へ変更可能となり、むせや誤嚥なく摂取できるようになりました。肺炎兆候なく経過し、嚥下リハビリ継続目的で転院されました。

3. 器具を使わなくても嚥下機能は向上する

 舌トレーニング用具は効果的ですが、認知症で使用方法の理解が難しい方や、口腔内の状態により器具を入れられない方もいます。そうした方でも実施できる方法が、モンタナ大学のロリ・スロヴァープ博士らの研究により明らかになりました。

【研究結果】
ロリ・スロヴァープ博士らは13名の健常成人を対象に、表面筋電図で舌根部の筋活動を測定しました。
ガーゼ抵抗法や努力嚥下法で、舌トレーニング用具と同等の筋活動、また普通に飲み込む時の約2倍の筋活動が得られることが示されました。

訓練タイプ

筋活動レベル

平均sEMG値

唾液嚥下

弱い

19.07 μV

水嚥下

弱い

抵抗なしで舌を後ろに引く

弱い

舌トレーニング用具使用

強い

36.44 μV

ガーゼ抵抗法

強い

努力嚥下法

強い

①ガーゼ抵抗法とは
ガーゼ1枚で実施可能な、効果的な舌根部トレーニングです。

【ガーゼ抵抗法の実施方法】
1. 清潔なガーゼで舌の先端部分を軽くつまむ。
2. ガーゼを前方へ軽く引きながら、舌は後方へ引き戻す。
3. 3〜5秒間抵抗を維持する。
4. ゆっくり力を抜いて休憩する。
※10〜20回を1セットとし、1日2〜3セット実施します。

②努力嚥下法とは
特別な器具や道具を使わず、意識的に強く飲み込むだけで実施できる方法です。

【努力嚥下の実施方法】
1. 唾液を口の中に溜める。
2. 舌全体を口蓋に強く押し付けながら、力を込めて飲み込む。
3. 喉の筋肉が強く収縮するのを意識する。
4. 5〜10回繰り返す。

4. 嚥下機能が回復すると睡眠の質も改善する

 今回ご紹介した舌のトレーニングは、『睡眠』に悩む方にとっても朗報です。嚥下機能の改善は、食事だけでなく睡眠にも良い影響を与えることが研究で明らかになっています。
2024年に発表された広島大学、筑波大学などの研究では、地域在住高齢者を対象に嚥下障害リスクと睡眠の質の関連を調査し、嚥下障害リスクは睡眠の質と有意に関連していることが明らかになりました。

【なぜ嚥下機能が睡眠に影響するのか】
①不顕性誤嚥
本人が気づかないうちに、唾液が誤って気管に入ってしまうことにより、夜間に無意識に咳き込んだり呼吸が乱れたりすることで、睡眠が分断されてしまいます。

②上気道の安定性
飲み込みに関わる筋肉(舌や喉の筋肉)は、睡眠中に空気の通り道(気道)をしっかりと確保する役割も担っています。
これらの筋力が低下すると、仰向けで寝ている間に舌が喉の奥へ落ち込みやすくなり、睡眠時無呼吸やいびきが発生しやすくなります。その結果、眠りの質が著しく低下してしまうのです。

つまり、舌の筋力を鍛えて嚥下機能を改善することで、不顕性誤嚥が減り、気道も安定するため、睡眠の質の向上が期待できます。

5.まとめ

• 従来の間接訓練では嚥下機能の向上が得られにくいケースがある。
• 舌圧トレーニング用具を用いた訓練により、7日間でゼリー粥からペースト食へ変更可能に。
• 器具がなくても以下の方法で嚥下機能は向上する。
o ガーゼ抵抗法
o 努力嚥下
• 嚥下機能の改善は睡眠の質の向上にも貢献する。

注意点

• 嚥下障害の原因や重症度は個人により異なります
• 訓練開始前に、必ず医師、歯科医師により、内視鏡検査(VE)や嚥下造影検査(VF)の評価を受けてください
• 誤嚥リスクのある方の直接嚥下訓練は専門家の指導のもとで行ってください

嚥下障害は、QOL(生活の質)を大きく低下させる問題です。しかし、適切な訓練により機能回復が期待できます。器具の有無に関わらず、運動生理学に基づいた適切な負荷設定と継続的な訓練が重要です。

参考文献

• 八戸赤十字病院摂食嚥下チーム. 嚥下機能が短期間で向上した廃用性嚥下障害の1例
• Slovarp L, King L, Off C, Liss J. A Pilot Study of the Tongue Pull-Back Exercise for Improving Tongue-Base Retraction and Two Novel Methods to Add Resistance to the Tongue Pull-Back. Dysphagia. 2016 Jun;31(3):416-23.
• Hwang NK, Kim HH, Shim JM, Park JS. Tongue stretching exercises improve tongue motility and oromotor function in patients with dysphagia after stroke: A preliminary randomized controlled trial. Arch Oral Biol. 2019 Dec;108:104521.
• Maehara T, et al. Association between dysphagia risk and sleep quality in community-dwelling older adults: A cross-sectional study. Heliyon. 2024 May 31;10(11):e32028.

※本記事は医学論文を基に作成した情報提供を目的としたものであり、医療行為の指示・推奨を行うものではありません。

 

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