1.5 古いジャージ

 帰省して3日目、私は、おばあちゃんの家でのんびりと過ごしていた。窓から外を見ると、静かに雪が舞い落ちていて、地面には白い絨毯が広がっている。雪の重みで木の枝が弧を描いているのを見て、子供の頃の記憶が頭をよぎった。朝、窓が白く曇ると、「雪が降ったのかな?」とワクワクしながら目を覚ましたものだ。都会の喧騒に馴染んで、初雪の楽しみを忘れてしまっていたことに気付いた。ここでは、静けさと楽しさが心地よく感じられる。

 部屋の中は暖房でポカポカと暖かく、古いソファに座ると、心地よい眠気が襲ってくる。そんな時、
「美香ちゃん、魚焼けたよ。朝ごはんにする?」とおばあちゃんの声がキッチンから聞こえてきた。もうすでに、焼き魚の美味しい匂いが部屋中に広がっていた。

 テーブルには、焼き魚のほかに大ぶりの車海老の刺身とシーチキンとキャベツの千切りサラダが並んでいた。
焼き魚の外側は薄くカリッと焼けており、一口食べると内部の柔らかさと対照的な食感が楽しめた。魚の旨味が口の中で広がり、ふっくらとした肉厚の部分は、ジューシーで舌の上でほろっととろけた。
サラダは、キャベツのシャキシャキとした食感と甘みにシーチキンの塩味が絶妙に絡み合っている。
そして、車海老の刺身。透明感のあるピンク色が魅力的で、私は箸を取り、一片を口に運んだ。身はしっかりとしていて、噛んだときは弾力があるのに、口の中では溶けるような柔らかさ。甘みが強く、新鮮な海の香りが鼻をくすぐった。
「やっぱり北海道の魚は美味しいね!」と感慨深げに言った。
「そうかい、やっぱり違うのかい。」と、おばあちゃんが嬉しそうに答えてくれた。

「おばあちゃん、いつもこのサラダだけど、好きなの?」と尋ねると、おばあちゃんは少し困った顔で「最近、他の料理が出来なくなって。料理するのが難しく感じるのよ。」と小声で言った。ここ数日の間、おばあちゃんが作るおかずは、焼き魚にシーチキンとキャベツの千切りを混ぜたサラダだけだった。おばあちゃんの認知症が進んでいることを感じ、胸が締め付けられた。

 食後、ふとおばあちゃんのパンツを見て言った。
「おばあちゃん、そのズボン…ボロボロだけど、新しいの買いに行く?」
「いいのよ。柔らくて気に入ってるの」
「でも、外に行くとき恥ずかしいでしょ?」
「いいの。庭で雑草取りするときに使うから。」おばあちゃんは少し怒り気味。
どこかで見たことがあるような…
「あれ、これ私の中学時代のジャージじゃない?」と驚く私に、おばあちゃんは
「そうだったかしら。」と微笑んだ。