1.3 祖母の変化

 「おばあちゃん、おはよう!そっちの天気はどう?」週末、私は札幌で一人暮らしをしている祖母と電話をしていた。
「美香、おはよう!こっちは雪がたくさん降っているわよ。でも心配しないで、部屋は暖かくて快適よ。」
「それはいいね、おばあちゃん。花の様子はどう?」
「ちょうど花が咲き始めてきて…」と祖母が話していたが、途中で突然言葉を切った。「あれ?その花瓶、どこに置いたっけ?」
「おばあちゃん、それ先週リビングの棚に置いたって言ってたよ。」
「そうだったわね。ごめんなさい、ちょっと最近物忘れが多くて。」
「心配しなくていいよ、おばあちゃん。私だって携帯を置いた場所忘れるのしょっちゅうだから!」と笑いながら言った。

 でも祖母の物忘れは続き、ある時は私の名前まで忘れてしまった。「おばあちゃん、私、美香だよ。」と言ったら、「ああ、美香ちゃんだったわね。ごめんね、美香。」と祖母は申し訳なさそうに謝った。
「全然大丈夫だよ、おばあちゃん。名前くらい、出て来ないことだってあるよ。」私はそう言ったが、少し不安になったので、インターネットで認知症について調べ始めた。祖母の行動と一致する情報が次々に見つかり、祖母が認知症の初期症状を示している可能性が高いと感じた。
私はすぐに有給休暇を取り、祖母のところへ飛んだ。「おばあちゃん、一緒に健康診断に行こうよ。」と言って、祖母を病院へ連れて行った。
 病院では親しみやすい笑顔の医師が迎えてくれた。「さあ、始めましょうか?」と彼が始めたのは、認知症をチェックするための「長谷川式スケール」だった。
「今日は何曜日?」
「今は何年?」
「今、ここはどこ?」
「ここは何という名前の場所?」
「あなたの生年月日は?」
一つ一つの質問に、焦燥感が増していった。答えに詰まったり、間違えたりする祖母の姿に、少しずつ認知症の現実が迫ってきて、やり場のない想いが心に広がった。質問が全て終わると看護師が「おばあちゃん、血液検査しに向こうの部屋に行きましょう」と祖母を連れて行った。診察室で二人になると、医師は一息ついて、淡々と告げた。
「彼女は認知症の初期症状を示しています。」
その言葉は、私の心に重くのしかかった。
「先生、祖母は、一人暮らし大丈夫なんでしょうか?」
「今のところは大丈夫ですが、誰かが近くにいると安心できるでしょうね。」

 「どうすればいいんだろう…」私は自分自身に問いかけた。どうすれば祖母の問題を解決できるのか、わからない。でも、あきらめるわけにはいかない。
これからどうやって乗り越えていくのか、なんとかしなきゃ、と決意したのだった。